暮らしのかをり

 新型コロナウイルスが世界的に蔓延してから早一年が経とうとしている。あっという間だったように感じる気もするし、出口の見えないこの長いトンネルのような状態から早く抜け出したいというある種の閉塞感も感じることもある。
 自分の生活への影響はというと、この状況が起こる前から自宅を事務所として仕事をしていることもあり、ライフスタイル全体がガラリと変わってしまったということはないけれど、時たま久しぶりの街を散歩してみると、変化を余儀なくされてしまった状況を至るところに見るようになってきた。
 具体的には、古くから営業していた街中華のお店などが閉店してしまっていたり、あれだけ賑わっていた場所がスケルトンになっていたり、六本木などの繁華街を少し目線を上げながら歩いてみると雑居ビルの看板の空白部分が目立つようになってきた。

 こういった街の変化は実際に歩いてみないと感じないことなのだが、これから街の入れ替わり立ち替わりの変化のスピードは、人の動き方の変容とともに増していくのだろう。こういった街の変化の真因になった人の動きに影響を与えるものとして今回のようなウイルス起因によるものと、産業構造変化の起因によるものがあると思う。

 例えば、フィンランドのトゥルクという古都を例に考えてみたいと思う。現在の首都、フィンランドのヘルシンキから電車で2時間ほどフィンランドの西側に向けて行ったところにあるトゥルクだが、1800年代後半ごろまではフィンランドでは一番人口が多い街だったそうだ。海を挟んですぐに隣国スウェーデンがあり商業の港町として栄えた。

 そしてこの街を代表した陶器・磁器メーカーがKupittaan Saviだった。このメーカーと時代背景を鑑みると、現代の北欧デザインのようにミニマリズムで機能的でシンプルというよりも、ハンドメイドの成形と絵付けの技法により情緒的で素朴な温かみをアーティスティックに表現するKupittaan Saviの技法が、まだまだ発展途上であった土地の生活に心の豊かさを提供していたのかもしれないと推察できる。しかし、時代が移り変わり首都がヘルシンキに遷都され同時に産業革命が起こり、大量生産・大量消費の一連の波がこのメーカーにも押し寄せ、時代に合わせることが出来ずに、このKupittaan Saviは廃業を余儀なくされてしまったようだった。

 

 そんなトゥルクの歴史や文化を象徴するとKupittaan Saviのヴィンテージを探しに、一昨年そのトゥルクのヴィンテージショップを尋ねた。その際に興味深いエピソードをそこの店主に教えてもらった。Kupittaan Saviのプロダクトは花瓶などが他のメーカーよりも多い印象なのだが、それは誰かに花をプレゼントする際には、必ず花瓶も一緒にプレゼントするという習慣がトゥルクには根付いており、それを支えていたのがKupittaan Saviだったということだったのだ。しかし上述した通りメーカーの衰退が先か、人々の行動変容が先かは定かではないのだがメーカーは廃業してしまい、今そういった習慣や文化を知っているのは、こういった花瓶を扱うヴィンテージショップの店主か高齢の方達だけになってしまっているそうだった。

 話を今日に戻すと、自分たちの日常生活や暮らしの小さな行動一つひとつが社会と繋がり、時を経て街の文化、さらには人類の文明へとひとつの繋がりを感じさせられる。たらればの話で現実的ではないのだが、当時のトゥルクの人々も時代の中で生まれた大量生産品ではなく、土地の文化に根付いたKupittann Saviを日々の生活の中で選択し続けていたら今頃…。なんてことも想像してしまう。

 様々な場面や状況の浮き沈みがあるにせよ、今がちょうどその時代の変わり目なのだとしたら、これからの未来にどんな文化を育んでいきたいのだろうか。その選択肢は遠い先の選択ではなく、自分たちの暮らしの中の一つひとつの行動にあるのかもしれない。マスクをしている日常だけれど、マスクを外し、もう一度自分たちの暮らしのかをりを感じ、振り返りながら考えていきたいものだ。

 

こちらのコラムは2021年1月17日に配信されたニュースレターの内容の再編集版です。
https://mailchi.mp/16948ae85ea6/4czs3a2bl5


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