物言わぬモノとの付き合い方

 禅問答のようなタイトルになってしまったのだが、先日、無印良品とURが団地リノベーションプロジェクトのプレスリリース発表会をYouTubeのライブ配信で行なっており、その中で開催されていたトークライブのゲストとして登壇していた「くらしのきほん」の松浦弥太郎さんが話をしていたのがこのテーマだった。
 松浦さん曰く、高度経済成長を経てその後の技術的な革新などによって自分たちの暮らしというのは自分たちが感じている以上に、もう既にある種の「豊かさ」に到達していて、更なる「豊かさ」を求めていくよりも、もう少し視点を変えて暮らしの中の「楽しさ」に目を向けてみるのはどうかという提案の話だった。そして「豊かさ」を超えた「楽しさ」を探究する際に考えなくてはいけない問いとして出てきていたのが、どのように物言わぬモノと人間が付き合っていくのかという訳だった。

 

 

 物質的なプロダクトという意味合いでのモノもそうだし、自然や昆虫、動物なども物言わぬ存在だと思う。きっと時代がテクノロジー社会に進んだことによって、物言わぬモノたちと人間との関係性にも変化があった筈だ。皆一人一人に高性能な情報処理が可能なスマートフォンを手にし、漂う物事が“情報”というパッケージングがされることで“情報”然とし、それをメディアなどで目にしただけで全てを知った気になってしまうなんて傾向も否定できない。
 そうなってしまうと頭ばかりが賢くなってしまって、人間が本来持っている感じ取る力、知覚していく力が衰えて、結果として自分たちの心が貧しくなってしまうようなことに陥ってしまうのではないだろうか。すると自分が心から自信を持って信じることの出来る事柄が日常生活の中でどんどん薄れて無くなってしまうよう気すらしている。

 

 

 以前もこのトピックについてまとめたような気もするが、マガジンの取材などで北欧を旅していると時差ぼけや旅の疲れなどもあって、日本で感じたことのないような体の不調に襲われることがある。大抵は時差ぼけが原因による寝不足からくる不調なので時間が経てば、すっかり忘れてしまうくらい快調になるのだが、その時といったらこの世の終わり、世界の全てが自分の敵くらいに思えてしまうから困ったものだ。そんな状況だからこそ不思議なことも起こる。
 行きつけにしている好みのプロダクトがあるショップの中やヴィンテージショップなどに立ち寄り、買付などをするためにモノを吟味し、自分が美しいと思える空間の中でそんな感じで没頭をしていると不思議と体が不調だったことすらも忘れてしまうものなのだ。同じ不調のシチュエーションでインスタグラムなどを使い、綺麗な写真などを見ていてもさほど効果はないのに、実際にモノを手で触れ、空間の中に身を置くことで心が確実に満たされていくということを実感出来るのだ。

 

 

 さて、冒頭に述べた「物言わぬモノとの付き合い方」についてだが、体を使ったことはもとより、体全体で感じるような身体的な感覚で心を満たしていくということにヒントがありそうだなと、自分の経験などを振り返りながら思う。小規模でありながらクリエイターたちが作ったモノを紹介することを生業としている身としては、今年一番探究してみたいテーマの一つでもある。心に届けるにはどのようにしていくのがいいのだろうか。

 

こちらのコラムは2021年1月23日に配信されたニュースレターの内容の再編集版です。
https://mailchi.mp/f861c9e23ed2/wy0981jc5o


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