不完全さを楽しむ

 小さい頃から何をするにもきっちりとコツコツとやりたいという性格なもんで、ある程度の予定が組まれていた方が心に余裕が持てる。そういった性格を下地に大学4年生の頃からスタートした一人旅を重ねているうちに自分がどう足掻いても状況が良くなったり進んだりしないということも次第に学んできた。

 それを如実に感じるのは例えばトランジットでなるべく空港で待ちぼうけにならないようにと、到着便と出発便の時間を上手く調整していても、冬の北欧を旅すると特にそうなのだが雪が滑走路に積もってしまって欠航や立ち往生なんてことに出くわした時に感じる。

 

 

 いつかのパリもそんな悪いタイミングだった。大雪が原因でヘルシンキで立ち往生してしまい、シャルルドゴール空港に到着した頃には日付が変わっていた。時差を考えると日本を出発してから30時間以上の移動で、その間無事に到着できるかということなどをAirbnbのホストに平謝りをしつつ連絡を取り合っていたので睡眠もろくに取ることができなかった。ご多分に漏れずその他の便も遅延に次ぐ遅延でシャルルドゴール空港は人でごった返していた。ようやくタクシーに乗り込んだのも空港に到着してから1時間も待った後だったので、シルクハットをかぶる運転手のタクシーに乗り込み、うっすらとラジオからアベマリアが流れるのを聞いていると眠気も相待ってついに自分は浮世離れしてしまったのではないかと錯覚するほどだった。旅の中でこんな経験ばかりという訳ではないのだが、こういった経験を通じて、まあどうにかなるんじゃないかなという気持ちも持ち合わせることができるようになってきた。

 

 

 一昨年前の2019年に刊行したマガジン a quiet day ISSUE 2019で「imperfection」をテーマに編集してまとめたのだが、予想や見通しが立たないちょうど今の世情としてもとても大切なテーマになってくるのだろうと思う。デザインや手仕事、ファッションや投資などの各方面の国内外のクリエイターたちにインタビューをした時に、彼ら彼女らが口を揃えて言っていたのが、アウトプットにどう「余白」を作り出すか、というところだった。

 

 

 アウトプットそれ自体が、完成品という訳ではなく、出来上がったものに対して受け手・使い手などがどうリアクションをしたり、使いこなしていくのかというポイントが作り手の「余白」におさまることによって、はじめて最終的な完成となすということがジャンルの違いを越えた共通点として見えてきたのだった。

 

 

 

 フィンランドを代表するテキスタイルブランドSaana ja Olliへの取材でもそういったことを二人の生き様を体感することで感じた。SaanaOlliがデザインするテキスタイルについてはほとんどと言っていいほど話を聞いておらず、メインの話だったのが二人の家づくりについてだった。

 

 

 古い学校を自分たちでリノベーションしながら住居として住み続けている二人なのだが、まだ工事中の部屋などもあったりではじめから完成品を目指しているのではなく、自分たちのライフスタイルをアップデートしていきながら、互いの気持ちの「余白」を感じながら歩調を合わせていくようなマインドでリノベーションをしていた。驚きだったのがバスルームだった。自分が10年ほどの旅で滞在してきた中で後にも先にも一番広いと言っていいんじゃないかというくらいの広さだったが、二人にとってはそれがベストだったんだろう。

 

 

 考えてみればモノ、コトに関わらず世の中で発生する事象のほとんどには余白が存在しているのではないだろうか。それなのに何を生き急いでいるのか、その余白を自らが埋めてしまっているとこがいかに多いことか。完璧でないこと、不完全さを楽しむ気持ちをいつもこころの中に持っておきたいものだ。

 

こちらのコラムは2021年3月20日に配信されたニュースレターの内容の再編集版です。 
https://mailchi.mp/249deead3636/20210320


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