ふたつのアートをチカラとす

 住まいを東京から移して早2ヶ月が経過しようとしている。最近は窓から見える山々にも靄がかかり引っ越してきた当初の真冬の頃と比べて景色が、いや空気全体が変わってきたことを感じる。東京にいた頃に比べ感じることのなかった変化を自然の中で実感できることが何よりもの価値なのかもしれないと最近は強く思うようになってきた。

 

 また生活をしていく中で街の人たちとの交流も少しずつだが増えてきはじめたことも嬉しいことの一つ。話をしていると、その方たちの中に、「ここには何もない田舎だ」という認識がどこか見え隠れするのだが、ずっとそのローカルタウンに居続ける方たちには当たり前だと思っていることも、自分たちにとっては新鮮なことで日常の中の発見でもあり、物事は見方次第で如何ようにも捉えることができ、その視点の多様さがこころの豊かさに繋がっていくのだろうと考えている。

 

 ローカルの人たちが当たり前のもの、むしろ存在すら意識しないことの例に、神社や寺などがあげられる。この前も車を走らせていると池の中に鳥居だけが佇む場所(地図で見ても神社の名前は不明)があったり、信じられないくらい大きな木が二つ鳥居の脇に佇んでいる古い神社があったりする。(きっとこの神社はこの木が御神木で、古くは鳥居の役割を果たしていたのだろうと推察する。)そして神社の家紋とも言える神紋などを見ると地域に根付く神様の種類の共通点などがわかったりすることでローカルに根付いている“当たり前”の習慣や風習などの生活様式や、そこから派生した道具や物などにも繋がってくることがとても面白い。こういったことはそのほとんどは言葉になっておらず、カタチやデザインなどある種の「個性」としてアートが対象物の中に隠されている。物を一つ見るということだけをとっても、あくまでその機能を纏ったただのモノでしかないのだが、こうした「個性」としてのアート表現の中にあるヒントを読み解くことで、文脈や繋がりが浮かび上がり、その視点からも物を見てみると、意味性を帯びたモノとして捉えることができるのだ。

 

 

 再三このコラムでも触れているデンマークの首都コペンハーゲンにあるヴェスタブロ地区にVærnedamsvej & Tullinsgade、がある。今でこそ、この場所はクリエイティブワンブロックとも言える場所なのだが、20年前まではゲットー地区と言われ、人々があまり寄り付かなかったエリアだったそう。

 友人のJacobCentral Hotel & Caféを作ったり、周辺にビストロやレストランなどのお店がそこのワンブロックに集まったことにより、今ではコペンハーゲンの中でも知る人ぞ知るエリアになり、地価が高い場所の一つとしても知られるようになった。ここの一角で初期の頃からアートギャラー兼レコードショップとして営んでいるCAN FamilyのオーナーのMartinに以前のマガジンa quiet dayでインタビューした時も、店をスタートした当初のエリアのことについても語ってもらったが、彼にしてみたら「あんな場所に今ではイソップなんかが出来ていて信じられない」と笑いながら語ってくれた。

 

 

 実はこのエリアがまだまだ未開発だった頃からスタートし今でも続いているショップは、Central Hotel & Café CAN Familyくらいで(2店舗とも途中で名前を変更)そこに携わっているJocboMartinは、実は幼馴染でもあったなんてことものちに知ることとなった。この二人の共通点は「アート」。投資家でもあるJacobは、都市やローカルを大きな“ギャラリー”として捉えており、そのの中に人々が楽しむ場所(エキシビジョンで捉えると作品)をどう配置していくかという鳥のような視点で考え、片やMartinの方は自身のDJ活動や奥さんでもあるStineのペイントアートを展示するショップを立ち上げることで、ローカルの「余白」を作る役割を虫のような視点で考え、ローカルの発展に寄与した。

 ここまで見てきたように直接的なアート表現としてのアートと、見方、捉え方としてのアートがあることがわかるだろう。外面のアートと内面のアートとも言い換えられるけれど、継続している物事にはこのふたつのアート視点が隠れていて、そのふたつが合わさった時に大きなチカラとなっていくのだろう。

 

 

こちらのコラムは2021年3月27日に配信されたニュースレターの内容の再編集版です。 

https://mailchi.mp/d3f127359e18/20210327


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