続・雨の街、ベルゲン

 次の日もまだ低く立ち込めた曇り空だった。自分が滞在していたAirbnbは丘の上にあり、街中へは何段もの階段を降りて向かっていく。朝早くから行動していたこともあり、街中にはまだ人もまばらで、昨日に感じたシュルレアリスムの街に迷い込んでしまった不思議な感じはまだ自分の中に残っていた。

 朝食に何か腹ごしらえでも、ということで海辺の方まで歩いて行くと、漁港の街の顔もあるベルゲンなだけあって、フィッシュマーケットが早朝からもオープンしスタッフが忙しく魚を捌いていた。

 

 お目当ては、サーモンスープ。北欧を2週間ほど旅している間は、ほとんど日本食を恋しく思ったことはないのだけれど、毎日パンを中心とした食事、そして旅のどこかではNew Nordic Cuisineと言われて久しいガストロノミーに舌鼓を打つのだが、唯一食事の時に温かいスープ(日本食で言えば味噌汁なのだが、味噌汁を飲みたい訳ではなく、温かい塩辛い飲み物を欲している。)が無性に飲みたくなるのだ。他の都市でもサーモンスープを食べることは多いのだけれど、ここのマーケットのモノは新鮮なサーモンはもちろんのこと、とても濃厚なスープで朝から少しばかりか旅の疲れが癒さるのと同時に、先ほどまで感じていたシュルレアリスムの不思議な世界から現世に引き戻されたような感じがした。ふと、空を見ると陽射しが出てきていた。

 

 

 さて、この旅のメインイベントでもあるT-Michael(ティー・マイケル)へのお届けものなのだが、事前に訪問日などは告げていなかったので、突然の訪問となった。実はベルゲンに向かう前に首都のオスロでAlexander Helle(アレクサンダー・ヘレ)と落ち会っており、大体のT-Michaelのスケジュールを彼から聞いていたので、今日いなかったら明日でいいや、とそんな感じで向かったのだった。

 お店に入ると久々の再会や実際に手にした骨董品、そしてベルゲンの街が徐々に晴天になりつつありテンションをあげたT-Michael本人が笑顔でもてなしてくれた。面白かったのが再会後、開口一番「チョコのアイスバー食べる?」とショップをほったらかしにし、気を利かせてアイスバーをわざわざ買いに行ってくれた。

 これは、とても彼らしい一幕だった。というのも彼はショップという一つの場を、商品の売り買いという場所だけではなく、ファッション以外の他のことについて話す場所と再定義して空間をつくっているからだ。この場所にあるモノやコトは、全てその会話のきっかけとなるという訳だ。

 具体的には自身がデザインするT-MichaelNorwegian Rainのジャケットやレインコートの他に、モノづくりが細部まで徹底して行なわれていたミッドセンチュリー期(1950年代から60年代)のヨーロッパを中心とした家具や照明、古レコードやマガジンなどを所狭しと並べている。それらのものにはブランドヒストリーだけではなく、その細部へのこだわりやディテールなどの会話のきっかけとなる糸口やストーリーを多く持つ。そういう商品を扱う専門店をショップインショップ形式で迎え入れ、一緒に場所をシェアしながら空間をつくり上げているとのことだ。

 「Talking with people is good way!」と語るT-Michaelはさらに会話を弾ませるために、ワインやウィスキーを提供するバーカウンターまでもショップ内に備えつけている。ショップ以上のクリエティブな状況をつくるため様々な仕掛けをしているT-Michaelが販売しているは、実はその状況そのものなのではないだろう。そんなことを思いながらT-Michaelを見ると、自信に満ちた表情でチョコのアイスバーを頬張っていた。

 

 

 

 

 再び小雨が降ってきたので、そのT-Michaelのお店を後にしたあとはBergen Kunstmuseumに向かった。湖の近くある美術館なのだが、今まで多くの北欧の美術館に行ってきたが、ここはあまり他の方たちには教えたくない穴場の美術館だったりする。ノルウェーを代表する画家ムンクをはじめとして、彼から影響を受けたアーティストの作品が展示されているのだ。独特の色彩感覚を持つムンクは人生と愛、そして死について考えながら作品を生み出していたと展示全体でまとめられていた。

 彼がベルゲンを訪ねていたかどうかはよく分からないが、燻んだ色と鮮やかな色のコントラストは雨と晴れを一日の中でも忙しなく行ったり来たりするこの土地そのものなのだろうとこの場所でムンクの作品を見ることの意味が生まれたような気がしたのだった。

 美術館を出るとまた晴れていた。翌日にナショナルデーを控えた街中は、朝とは打って変わって、民族衣装を身に纏った人たちが忙しそうに準備をしていた。そんな姿を楽しく眺めて宿泊先に意気揚々と戻ってベルゲンでの滞在は終わろうとしていた。翌日、このナショナルデーのせいで交通機関が全て止まってしまうアクシデントに見舞われ、日本に帰る飛行機に乗り遅れてしまうことは、この時はまだ知る由もないのだった。おしまい。

 

こちらのコラムは2021年5月22日に配信されたニュースレターの内容の再編集版です。

https://mailchi.mp/8c1bfa2557f0/20210605


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