手から生まれる失敗

少し唐突にはなりますが、今回は「手から学ぶこと」について考えていきたいと思います。手をよく使う職種としては、ピアニスト、整体師、絵描き、陶芸家などと挙げればきりがありませんが、こうやって並べてみると、ある種の専門性を持ち合わせた職種が多いように感じます。また自分がよく接する人としては、モノづくりを行なっているクラフトマンがそれに当てはまるかと思います。

さて、そんなクラフトマンという言葉の中にも含まれている「Craft」という言葉は、ゲルマン語の「Kraftaz(力)」が語源らしく、人間の身体能力や力を使って作った物、またはその行為を意味しているようです。思えば、マガジンa quiet dayでインタビューさせてもらっているクリエイターたちの多くが、ジャンルは異なれど、手を動かしながら何かを考えたりしているように思います。たとえ、そのアウトプットがデジタル領域だったとしても、手触り感のある形も別途必ず作っていたりします。

作り手としては、人の手を介すので、機械のような正確無比なカタチは作りにくく、失敗することも多いでしょうし、到底、自分が想像していたモノを生み出しにくいのかもしれません。けれどその反面、近年のクラフトブームなどに代表されるように、人々が求めているモノがどこにでもあるようなモノではなく、どこか歪だけれど人肌を感じるような、時間や情熱が感じられる「手」から生まれ出たようなモノに移り変わってきているような気がします。

最新号でインタビューをさせてもらったフィンランドの陶芸作家のLeena Kouhiaさんは、手を使った作業は、人間にとって純粋で根源的なこと、だと言います。今の時代、なかなか自分が手掛けて家を建てたり、布を繕ったりしている人は、昔ほどほとんどみられなくなってしまっています。こう話すLeenaさん自身も元々はインテリア雑誌などのデコレーションを行なうスタイリストなどの仕事を長らく続けていたそうで、何かモノを生み出すクリエイターではありませんでしたが、心機一転、陶芸をはじめてみると手で何かを作り出すことに没頭し、今では国内外のレストランで彼女の器などが取り扱われるようになっています。

そんな彼女に手から学ぶことについて聞いてみると、完璧なことはなく、日々「失敗」に感謝することだと話してくれています。手でモノを作るには、時間、集中力、技能、脳と心、それから目と手のシームレスな連携が必要になって、よく何かが欠けて連携が思い通りにいかずに、結果として成果物の「失敗」が起こってしまうそうです。この「失敗」は機械によるものでもないので、振り返る場所が明確(つまり自分自身)でリカバーしやすかったり、イメージ以上のモノが生まれたりするそうです。

これらをもう少し広義に捉えてみると、行動を起こすときに主体が自分自身にあるような状況をどう作っていくかによって、有意義な失敗とそうでない失敗の分かれ目になってくるのだろうと思います。失敗が悪いのではなく、良い失敗をどうやって作り出していけるのか。僕たちは作り手となるクラフトマンたちから多くのことを学ぶことが出来そうです。

Leena Kouhiaさんのインタビューが掲載されたマガジンa quiet day はこちら。

 


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